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福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)47号 判決 1970年9月29日

原告

柳ノブ

ほか二名

被告

金憲地

主文

被告は原告柳ノブ、同柳加代予、同柳はるみに対し各金二〇六、〇一〇円および右各金員に対し昭和四一年一月三〇日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら 「被告は原告柳ノブに対し金三四万円、原告柳加代予、同柳はるみに対し各金三三万円および右各金員に対し昭和四一年一月三〇日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、請求原因

一、身分関係

原告柳ノブは訴外柳竹夫の妻であり、原告柳加代子、同はるみは同訴外人の子である。

二、事故の発生

被告は昭和四一年一月三〇日午後四時一五分頃普通貨物自動車(以下「甲車」という。)を運転して土砂運搬の帰途、福岡市大字下臼井二四〇番地先交差点を西方より東方に向け進行中、訴外柳竹夫が運転していた自動二輪車ホンダカブ号(当時の第一種原動機付自転車、以下「乙車」という。)の側面に激突させこれを転倒せしめ、そのため同訴外人は脳挫傷兼頭蓋底骨折、右脛骨開放骨折を受け、同年二月二日午前四時二〇分頃福岡市大字西堅粕二九〇斎藤外科において死亡するに至つた。

三、被告の責任

甲車は本件事故当時被告の父である訴外亡金大岩の所有であつたが、被告は土砂運搬業を営み甲車を右業務に使用管理し、自己のため運行の用に供していた。

更に、被告は甲車を運転して前記場所を西方より東方に向け進行中、徐行左右安全確認等安全運転義務を怠り、且つ訴外柳竹夫が乙車を運転して南方より北方に向けて被告進行の道路より幅員の広い道路から右交差点に入ろうとしていたのであるから同訴外人の進行を妨げてはならないのに漫然進行したため、本件事故が発生したものである。

従つて、被告は第一次的に自賠法第三条、第二次的に民法第七〇九条により、本件事故による後記損害を賠償する責任がある。

四、損害

1  訴外柳竹夫の損害

(一) 逸失利益

訴外柳竹夫は本件事故当時福岡市水茶屋町大阪屋精肉店に勤務し昭和四〇年には月給金四五、〇〇〇円、夏期手当金二万円、年末賞与金五万円の支給を受け原告三名と生計を共にしていた。

同訴外人は本件事故当時四二才(大正一〇年一二月一日生)の健康な男子であつたから厚生省発表の昭和四〇年簡易生命表によればなお二九・九三年の余命があり少くとも本件事故後二一年間就労可能であつた。

従つて、同訴外人の一ケ年の純収入は金四五万円を下らないので右二一年間の収入は金九四五万円となりその得べかりし利益の現在価額をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を差し引いてその事故当時における一時払の現在価を求めると金六、三四六、七四二円となる。

(二) 慰藉料

訴外柳竹夫の本件事故による慰藉料は金三〇〇万円をもつて相当とする。

(三) 原告らは右逸失利益および慰藉料を相続した。

2  原告らの損害

(一) 訴外柳竹夫の受傷による治療費、金一八九、七二八円

(二) 葬式費用 金一〇万円

(三) 仏壇購入費 金九万円

3  原告らは被告に対し以上合計金九、七二六、四七〇円の損害賠償債権を有するところ、自賠法により保険金一、一九八、三三九円および被告より損害賠償の一部として金三五万円を受領しているので、これを控除すると金八、一七八、一三一円となり、各原告の請求し得る金額は金二、七二九、三七七円となる。

五、よつて、被告に対し原告柳ノブはその内金三四万円、原告柳加代子、同柳はるみはその内金各金三三万円ならびに右各金に対する不法行為の日たる昭和四一年一月三〇日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因第一、第二項の事実は認める。

二、同第三項の事実は争う。

三、同第四項の事実中、1の(一)の訴外柳竹夫が大阪屋精肉店に勤務し原告ら主張の収入を得、原告三名と生計を共にしていたこと、および2の原告らの損害については不知、3の原告らが自賠法による保険金一、一九八、三三九円および被告より金三五万円を受領していることは認め、その余の事実は争う。

第四、被告の抗弁

一、和解成立および和解条件履行の抗弁

本件事故は訴外柳竹夫の無謀運転による一方的過失により発生したものであるので、被告はなんら損害賠償をするつもりはなかつた。しかるに、同訴外人の親族で訴外辻新太郎および原告らの町世話人である中村鶴吉ほか二名が被害者が死んでいることだからとの理由で仲介をなしたので、被告は昭和四一年二月二日原告らとの間に、

1  被告らは本件死亡事故に対する見舞金として原告らに対し金三五万円を支払うこと、

2  本件死亡事故により請求可能の自賠法による保険金は原告らが被害者請求をなしかつ受領するものとし金員の多少は問わないこと、

3  原告らは被告らに対し本件死亡事故については何らの名目をもとわず、今後一切の損害賠償請求をなさないこと、との和解契約を結び、被告らは原告らに対し右和解契約にもとずき金三五万円を支払つた。

二、免責の抗弁

被告は本件事故発生現場交差点において甲車を停車して左右の確認をしていたところ右側約一〇メートル程のところに自車に向かつて進行してくる訴外柳竹夫運転の乙車を発見したが一瞬のことでこれを避けることができず衝突されてしまつたもので、被告に過失はない。

同訴外人は本件事故発生現場が双方の道幅が同一の交差点であるにもかかわらず徐行又は一たん停車をしなかつたものである。又、本件事故情況から判断して、同訴外人は脇見運転および制限速度違反運転をなしていると考えられ、同訴外人には重大な過失が存する。

被告は甲車の運転に関し注意を怠らなかつたし、甲車には機能の障害も構造上の欠陥もなかつた。

三、過失相殺

本件事故は訴外柳竹夫の重大な過失により発生したものであるから損害額の算定につきこれを斟酌すべきである。

第五、抗弁に対する原告らの答弁

抗弁事実は原告らが金三五万円を受け取つたことは認めるが、その余のすべてを否認する。原告らは何人にも示談を依頼したことはなく、また被告側の申入を承認したこともない。金三五万円は訴外柳竹夫が重傷を負い本件事故後三日目には死亡したため葬式費用やその場の生活費のたしにするため受け取つたにすぎない。原告らは前記の如く損害を蒙つているのにわずか金三五万円で示談に応ずるはずがない。

第六、証拠〔略〕

理由

一、原告ら主張の身分関係、事故の発生については当事者間に争いがない。

二、被告の責任

〔証拠略〕を綜合すると、本件事故当時甲車は被告の父である訴外金大岩の所有であつたが、被告は土砂運搬業を営み、甲車を常時使用していたことが認められるので、被告は甲車の運行を支配し運行利益を有していたというべきであり自賠法三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者に該当する。

そこで、次に免責の抗弁につき判断する。

〔証拠略〕を綜合すると、被告は甲車を運転し本件交差点付近を西方より東方に向け進行中、本件交差点の手前で信号機のない本件交差点上で遊んでいる三、四才の子供をみかけて、徐行し、本件交差点に約五〇センチメートル入り甲車を一旦停車し、その子供を交差点より外に連れ出し、再び甲車に乗車したのであるが、本件交差点から月隈方面(南の方)に通ずる道路は被告の乗車位置からして人家と人家から六〇センチメートル位離れた道路上にある電柱にさえぎられ見通しが極めて悪い状態にあるのに被告は、十分に右に対する確認をすることなく進行したため、右道路を月隈方面から本件交差点に向け進行してきた訴外柳竹夫運転の乙車に衝突したことをうかがうことができ、右各証拠のうち以上の認定に反する部分はいずれも信用できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、本件事故はいわゆる出合頭の事故として右訴外人の安全確認を怠つた過失がその一半の原因をなすことは明らかであるが、他方被告が左右に対する確認を怠つた過失もまたその原因をなすというべきで、その余の判断をするまでもなく被告の免責の抗弁は理由がない。

三、和解成立および和解条件履行の抗弁

原告らが被告から金三五万円を受け取つたことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕を綜合すると、原告柳ノブの叔父にあたる訴外辻新太郎が昭和四一年二月二日頃被告の兄である金本政雄との間に中村鶴吉他二名を仲介人として、本件事故に関して被告の方で原告らに金三〇万円の慰藉料と金五万円の葬式代を支払い、自賠責の保険金は原告らの方で請求して受け取るということで一切解決する旨の示談をし、右金三五万円は同訴外人を通じて被告から原告らに手渡されたことを認めることができるが本件全証拠によるも同訴外人が原告らから右示談をなす権限を委任されたことを認めるに足りる証拠はない。

証人辻新太郎の証言中の原告柳ノブは同訴外人が被告らと示談をしていたことを知つていたとの供述部分は右柳ノブ本人尋問の結果に照らし信用できないし、原告らが被告から金三五万円を受け取つたとの前示事実も、右柳ノブ本人尋問の結果によれば、右金員は訴外柳竹夫が本件事故により重傷を負い本件事故後三日目に死亡したため原告らが至急金が必要になりやむなく損害賠償金の一部として受け取つたことが認められるし、さらに前示示談日時、金額を綜合して考えると、右金員の受領という一事をもつて原告らが同訴外人に示談を委任したと推認するには不十分である。

従つて、被告の和解成立の主張は理由がなく、金三五万円は本件事故に因る損害賠償金の一部として被告から原告らに支払われたとみるべきである。

四、損害

1  訴外柳竹夫の損害

(一)  逸失利益

〔証拠略〕を綜合すると、訴外柳竹夫は本件事故当時大阪屋精肉店に勤務し、死亡時四四才(大正一〇年一二月一日生)の健康な男子であり、昭和四〇年七月から一二月までの間の収入として月給金四五、〇〇〇円、年末賞与金五万円を得、昭和四〇年六月以前にも他の店舗に勤務し、右と同程度の給与および年末賞与金ならびに金三万円の夏期手当を得、昭和四〇年には年間収入として金六二万円を得ており、原告ノブ、同加代子、同はるみを扶養していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

生活費の算定につき、同訴外人の年令、家族構成、生活程度などを勘案すると同訴外人の全収入に対する生活費の割合は三五パーセントとみるのが相当である。

右割合によると同訴外人の年間の生活費は金二一七、〇〇〇円であり、同訴外人の年間の純収入は金四〇三、〇〇〇円となる。

そして厚生省発表の第一二回生命表によれば同年令の男性の平均余命年数が二八・一六年であるから同訴外人の職種を考えると、同訴外人は六三才までの一九年は就労可能でありこの間前記割合の収益を取得することができたと推認すべく、これを年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその事故当時における一時払の現在価を求めると金五、二八五、七四八円となり、これが同訴外人の逸失利益となる。

(年間純収入403,000×19年のホフマン係数13.1160-5,285,748)

(二)  慰藉料

前示事実の訴外柳竹夫の死亡当時の年令、健康状態、職業、家族関係、事故の態様ほか本件に現われた一切の事情を斟酌すると、同訴外人に対する慰藉料は金三〇〇万円をもつて相当とする。

2  原告らの損害

(一)  治療費

〔証拠略〕を綜合すれば、原告らが斉藤外科病院に同訴外人の治療費として金一八九、七二八円を支払つたことが認められ、これは本件事故による損害として是認できる。

(二)  葬式費用

右柳ノブ本人尋問の結果によれば、原告らは訴外柳竹夫の葬式費用として金一〇万円を支出したことが認められ、これも同訴外人の社会的地位、生活状態など一切の事情を斟酌し原告らの損害と認定するのが相当である。

(三)  仏壇購入費

〔証拠略〕を綜合すると、原告らは訴外柳竹夫の仏壇を金九万円で買つたことが認められ、これも本件に現われた一切の事情を斟酌し原告らの損害と相当因果関係にあるとみるのが相当である。

3  原告柳ノブ、同加代子、同はるみは訴外柳竹夫の損害金合計金八、二八五、七四八円を相続した。

五、過失相殺

前示事実によると、本件事故は双方の過失によつて惹起されたものであるから、その過失割合を考えると、交通整理の行われていなくて、見通しのよくない交差点における出あいがしらの事故であるとはいえ、被告が訴外柳竹夫より先に本件交差点に入つた後のことであるから、被告が優先権を有している事案というべきであり、その他本件に現われた一切の事情を斟酌すると、その過失割合は同訴外人の方を七五パーセントとみるのが相当で、原告らの損害額を右割合で減ずべきである。

六、原告らが自賠責保険金として金一、一九八、三三九円、被告から金三五万円を受領したことは当事者間に争いなく、損害の一部として右合計金を原告らの損害に充当したことは原告らの自陳するところである。

七、そうすると、被告は原告柳ノブ、同加代子、同はるみ各自に対し損害合計金六一八、〇三〇円の三分の一にあたる金二〇六、〇一〇円および右各金に対する本件不法行為の日たる昭和四一年一月三〇日より完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの被告に対する本訴請求は右の限度で認容しその余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 木本楢雄 富田郁郎 横田勝年)

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